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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)12411号 判決

原告

菅茂

右訴訟代理人

井藤勝義

右訴訟復代理人

福川律美

被告

株式会社竹原造船所

右代表者

鯉谷三千男

右訴訟代理人

小野正広

主文

一  原告が被告の株式三〇〇〇株を所有することを確認する。

二  被告は、原告に対し、右一項の株式について原告名義の株券を発行せよ。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、これを一八分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一被告が昭和二六年四月七日船舶の製造修理等を目的として設立された株式会社であり、その設立に際して発行された株式(一株の額面五〇円)が二万株であることは、当事者間に争いがない。

二そこで、被告の設立に際し、原告がその発行株式のうち、三〇〇〇株を取得した旨の主張について判断する。

まず、被告の設立に際し、その発行株式のうち、原告名義で三〇〇〇株が引き受けられてその発行価額の一五万円全額が払込まれていることは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ〈る。〉すなわち、

1  原告は、昭和九年ころ訴外庸晃が経営していた訴外日本樽材株式会社に入社して訴外庸晃と知り合い、そのうち、訴外庸晃から人物を見込まれて、昭和一九年ころ訴外庸晃の孫娘である訴外菅三智江と結婚した上で当時海運業、製材業等を営んでいた訴外庸晃の事実上の養子となり、それ以来、訴外庸晃の右各事業の後継者として育成されつつ、訴外庸晃とともにその経営に携わつていた。

2  訴外中川は、昭和二五年ころ、訴外中国造船株式会社に営業課長として勤務していたところ、当時、訴外庸晃が右海運業に使用していた船舶の修理を同訴外会社が引き受けるなどの取引上の関係から訴外庸晃と知り合うようになつた。

3  訴外庸晃は、昭和二六年四月ころ、訴外中川及び原告と相談の上で、被告を設立すべく金一〇〇万円を原告のもとに送金し、原告がこれを被告の設立に際して発行される株式の払込金に充てることによつて被告の設立手続が行われた。

4  被告の設立に際して、原告及び訴外中川がその代表取締役に、訴外菅一憲がその取締役にそれぞれ就任し、被告の株主名簿上、右三者名義の株式数は各三〇〇〇株であつた(原告名義の株式数が三〇〇〇株であることは、当事者間に争いがない。)。

5  訴外庸晃は、被告が当初訴外中国造船株式会社から賃借していた被告の工場敷地、機械設備一式を買取るべく同訴外会社と交渉した結果、その資金でもつてこれらを買い受け、そのうち、右工場敷地については、昭和二九年三月三一日付で原告名義による所有権移転登記手続がされた。

6  訴外庸晃が当時大阪に在住していたので、被告の経営については、訴外中川が受注活動や造船作業を指揮するなどその全般を、原告が被告の経理関係を担当していた。

7  訴外中川は、昭和三五年二月二五日の毎日新聞に訴外中川が被告の実質的所有者として経営している趣旨の広告が掲載されたことについて、訴外庸晃と原告から問責を受け、その結果、訴外庸晃に対し、被告の実質的所有者は訴外庸晃であることを認めるとともに、訴外庸晃のために被告を経営していることを認める趣旨の書面を差し入れた。

以上の事実が認められる。

ところで、被告は、右当事者間に争いがない原告名義の三〇〇〇株は訴外庸晃が原告名義を借用してその引受け、払込み手続を行つたものであるから、右三〇〇〇株の株主は、訴外庸晃である旨主張するところ、右認定事実のうち、被告の設立当時、訴外庸晃が種々の事業を営んでいたのに対し、原告は単にその事業の後継者となるべき地位にいたにすぎないこと、被告の設立に際して発行された株式の払込金一〇〇万円は、訴外庸晃が原告に送付した金員でもつて賄われていること、訴外中川が昭和三五年当時被告の実質的所有者は訴外庸晃であると認めていることなどを総合すると、右三〇〇〇株を含めた被告の設立の際に発行された株式は、全株訴外庸晃が所有するものではないか、とも考えられる。しかし、他方、右認定事実のうち、原告が訴外庸晃の事実上の養子として、訴外庸晃の事業の後継者となるべくその経営に携わつてきたこと、原告が被告の代表取締役に就任するとともに訴外庸晃に代つて被告の経理関係を担当していたこと、更には、被告の工場敷地について原告名義の所有権移転登記手続がされていることを考えると、右三〇〇〇株は、単なる原告名義の名義株ではなく、訴外庸晃が原告のために右三〇〇〇株の払込義務を原告に代つて履行したものと認めるのが相当である。

そうすると、被告の設立に際して発行された株式のうち、原告名義の三〇〇〇株は、原告が引き受けて払い込んだ原告所有のものといわなければならない。

三次に、本件新株発行に際して、原告がその発行株式全株を取得した旨の主張について判断する。

本件新株発行について、原告名義で七〇〇〇株、訴外庸晃名義で二万六〇〇〇株、訴外菅てるの名義で二〇〇〇株、訴外菅一憲名義で四〇〇〇株、訴外菅三智江名義で二〇〇〇株、訴外中川名義で七〇〇〇株、訴外中川ハヤコ名義で二〇〇〇株の引受け、払込み手続がとられていることは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ〈る。〉すなわち、

1  昭和三四年一〇月ころ、当時被告の代表取締役であつた原告は、同じ被告の代表取締役であつた訴外中川と相談した上で、本件新株発行を行うこととした。

2  そこで、訴外中川は、同月八日、訴外株式会社中国銀行竹原支店の預金者貯蓄組合訴外中川名義の普通預金口座から金三〇〇万円の払戻しを受け、同日、この金員を、一旦は同訴外銀行竹原支店の被告名義(代表者訴外中川)の当座預金口座に入金し、更に被告(代表者訴外中川名義)振出の小切手でもつてその払戻しを受けた上、翌九日、訴外住友銀行日比谷支店の被告名義(代表者原告)の普通預金口座に振り込んだ。

3  本件新株発行手続のため上京していた原告は、同月一〇日、訴外住友銀行日比谷支店の被告名義(代表者原告)の普通預金口座から右手続費用を含めて金二五三万円の払戻しを受け、そのうちの金二五〇万円を本件新株発行の払込金としてその払込取扱銀行である訴外住友銀行日比谷支店の被告名義の別段預金口座に前記当事者間に争いがない各名義による株式数の引受価額に相当する払込金としてそれぞれの名義で入金した。

4  更に、原告は、同月一三日になつて、右別段預金口座から訴外住友銀行日比谷支店の被告名義(代表者原告)の普通預金口座に振替えられた金二五〇万円を含めた金二九二万円五一二〇円を訴外中国銀行竹原支店の被告名義(代表者訴外中川)の当座預金口座に振込んだが、同日、右金員は、被告の方からの指示に基づき、同訴外銀行竹原支店の前記訴外中川名義の普通預金口座に振替えられた。

5  本件新株発行については、被告の商業登記簿にその旨の登記がされている。

以上の事実が認められる。

ところで、原告は、その本人尋問の結果において、本件新株発行における払込金は、原告がその当時被告に対して有していた貸付金の返済を受けてこれに充てたものである旨供述し、それに副う証拠として甲第三号証の二及び六を援用する。しかし、右各書証の成立についての原告本人尋問の結果はすぐには採用することができず、他に右書証の成立を認めるに足りる証拠はないので、右各書証を採用することはできない。しかも、右原告本人尋問の結果中の供述内容は、その貸付金の発生事由や内容、あるいは、その返済の事情について、まつたく具体的な供述を欠くので、すぐには採用することができない。そうすると、他に原告の主張事実については、これを認めるに足りる証拠がない以上、本件新株発行についての原告の主張は、理由がないといわなければならない。

のみならず、前記当事者間に争いのない事実及び認定事実からすると、一応、株式の引受け、払込み手続が履行されているので、本件新株発行は原告がほしいままに単なる形式を整えた後に、新株発行による変更登記をしたものであつて不存在であるとの被告の主張は認めることはできないものの、本件新株発行における払込みは、明らかに訴外中川ないし被告の資金でもつて行われたいわゆる見せ金による払込みであり、実質的に払込みがあつたとは到底いえないのである。したがつて、本件新株発行は、払込期日たる昭和三四年一〇月一〇日までにその引受価額の全額について払込みがなかつたものといわなければならず、その上、本件新株発行については、その旨の登記がされているので、結局、商法二八〇条ノ一三の規定より、本件新株発行当時の取締役がその新株全部を共同して引き受けたものと解するのが相当である。そうすると、本件新株発行における株式は、共有の形態でもつて本件新株発行当時の取締役に帰属しているものというべきであるから、その分割についての主張、立証がない以上、原告の単独所有にあるとは到底いえないことになる。

よつて、いずれにしても、本件新株発行における株式全株を原告が単独ですべて取得した旨の原告の主張は理由がない。

四以上のとおり、原告は、被告の設立に際して発行された株式のうち三〇〇〇株を所有しているものの、本件新株発行における株式を、単独では所有していないので、現在のところ、原告が被告の株式のうち三〇〇〇株を所有することを確認できるにすぎないことになる。そして、被告がその株式について未だ株券を発行していないことは当事者間に争いがないから、原告の本訴請求は、右三〇〇〇株については理由があるのでこれを認容するが、その余については理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(井上弘幸)

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